epierr note

abworks:

『リアリティーあふれるストーリーにする予定だよ』じゃあ死ぬだろ……

1. 幸せなときに約束するな
2. 怒ってるときに返信するな
3. 悲しいときに決心するな
Twitter / meigenbotter (via tkr)

究極のサービスを実践する帝国ホテルにあるバー「オールドインペリアルバー」からの出題。ここのバーテンダーは注文があると、1杯目のグラスはお客様が最も手に取りやすい右斜め前に置くのだそうです。でも、2杯目は……。

問題:居心地の良いパーを演出する帝国ホテルのバーテンダーが、おかわりの注文が来たときに2杯目のグラスを置く場所はいったいどこでしょう?

答え:お客様が自分で移動した、1杯目のグラスの位置

 誰でもそうですがバーやカフェで飲み物を置く場合、自分がもっとも飲みやすい場所、あるいはグラスを置いておきたい場所にグラスを置きます。神経質な人は、それこそミリ単位でグラスの位置を調整したりするものです。

 バーテンダーは、お客様が1杯目のグラスをどこに置いていたかをさりげなく観察しておいて、2杯目のグラスは「当たり前のように」その位置に置くのです。それがあまりにも自然に行われているので、多くのお客はそんな配慮に気づかないのです。だから「あのバーは(なぜか)居心地がいい」ということになるというわけです。

ツイッターで何度も言ってますが、体罰がうむのは「罰回避行動」であって、「改心」ではありません。

Twitter / GlucklicheKatze (via gearmann)

ああ、なるほど。しかも「罰回避行動」を生むのは体罰だけじゃないってのも確かだしね。やっかいだよねぇ

(via scsa)

マーティン・ルーサー・キング・ジュニアは「ヒトラーがドイツでやったことはすべて合法だったことを忘れるな」と言った。合法だから善とは限らないし、違法であっても悪とは限らない。
合法性と善悪 (via homest)
ヒーローショーの仕事をした時に「ちびっ子に否定語は使わない」と教わった。立たないで、じゃなくて「座って見てね」。走らないで、じゃなくて「ゆっくり歩いてね」。ネガティブな事を言わないのはもちろんだけど、否定だけだとじゃあどうすればいいかご伝わらないんだな。毎日の事だと、難しいけど。
「帯をギュッとね」という柔道漫画で、楽しい練習ばかりじゃ勝てない、苦しい練習じゃなきゃダメだ、という考えは、苦しんだから勝たせてくれという甘えだ、というような話があったのだが、これは鋭い考え方だと思う。

239:名無しさん@13周年:2012/12/30(日) 00:12:04.07 ID:Tbavpciv0
俺の婆ちゃんが生前教えてくれた,夫婦円満の秘訣を公開しよう。

それは「結婚したら,1日単位で恋愛をすること」。

朝起きたらリセット。
つまり,朝は恋愛のスタートだ。

爺ちゃんを振り向かせることから婆ちゃんの一日が始まる。

だから,美味しい朝ごはんは大事で,手を抜くことはない。
そして,爺ちゃんの帰宅後は晩酌とともに,デートタイム。

まあ,たまには喧嘩もするが,朝にはリセット。
次の日には絶対持ち越さないから,離婚なんて有り得ない。

でも,爺ちゃんがボケたときは,さすがに婆ちゃんは落ち込んだ
・・・と思ったら,まったくそんなことはない。

爺ちゃんが,婆ちゃんに向かって「どちら様ですか?」と言った時,
婆ちゃんは顔を赤らめ自己紹介を始めた。

あとから婆ちゃんに聞くと,なんか付き合い始めのドキドキ感が蘇ったとか。

婆ちゃん,スゲーよ!

相談事の8割以上がひとことでまとめてしまうと、「自分は変わる気ないけど他人や状況は変えたい」という内容で、それは悩むだろうなと思う。

“Yes, Virginia, There is a Santa Claus”

ニューヨーク・サン誌社説
(担当:フランシス・ファーセラス・チャーチ) 

(written by Francis Pharcellus Church in The New York Sun  in 1897. )
大久保ゆう訳

本誌は、以下に掲載される素晴らしい投書に対してお答え申し上げると同時に、読者にこのような素晴らしい方がおられることを、心から嬉しく思います。image

「こんにちは、しんぶんのおじさん。

 わたしは八さいのおんなのこです。

じつは、ともだちがサンタクロースはいないというのです。

パパは、わからないことがあったらサンしんぶんにききなさいというので、ほんとうのことをおしえてください。

サンタクロースはいるのですか?

      ヴァージニア・オハンロン」

 ヴァージニア、それは友だちの方がまちがっているよ。
きっと、何でもうたがいたがる年ごろで、見たことがないと、信じられないんだね。
自分のわかることだけが、ぜんぶだと思ってるんだろう。
でもね、ヴァージニア、大人でも子どもでも、ぜんぶがわかるわけじゃない。この広いうちゅうでは、にんげんって小さな小さなものなんだ。ぼくたちには、この世界のほんの少しのことしかわからないし、ほんとのことをぜんぶわかろうとするには、まだまだなんだ。
 じつはね、ヴァージニア、サンタクロースはいるんだ。
愛とか思いやりとかいたわりとかがちゃんとあるように、サンタクロースもちゃんといるし、愛もサンタクロースも、ぼくらにかがやきをあたえてくれる。もしサンタクロースがいなかったら、ものすごくさみしい世の中になってしまう。ヴァージニアみたいな子がこの世にいなくなるくらい、ものすごくさみしいことなんだ。サンタクロースがいなかったら、むじゃきな子どもの心も、詩のたのしむ心も、人を好きって思う心も、ぜんぶなくなってしまう。みんな、何を見たっておもしろくなくなるだろうし、世界をたのしくしてくれる子どもたちの笑顔も、きえてなくなってしまうだろう。
 サンタクロースがいないだなんていうのなら、ようせいもいないっていうんだろうね。だったら、パパにたのんで、クリスマスイブの日、えんとつというえんとつぜんぶに、人を見はらせて、サンタクロースが来るかどうかたしかめてごらん。サンタクロースが来なかったとしても、なんにもかわらない。だってサンタクロースは見た人なんていないし、サンタクロースがいないっていうしょうこもないんだから。だいじなことは、だれも見た人がいないってこと。ようせいが原っぱであそんでいるところ、だれか見た人っているかな? うん、いないよね、でも、いないってしょうこもない。世界でだれも見たことがない、見ることができないふしぎなことって、ほんとうのところは、だれにもわからないんだ。
 あのガラガラっておもちゃ、中をあければ、玉が音をならしてるってことがわかるよね。でも、ふしぎな世界には、どんな強い人でも、どんな強い人がたばになってかかっても、こじあけることのできないカーテンみたいなものがあるんだ。
むじゃきな心とか、詩をたのしむ心、愛とか、人を好きになる心だけが、そのカーテンをあけることができて、ものすごくきれいでかっこいい世界を見たり、えがいたりすることができるんだ。
うそじゃないかって? ヴァージニア、これだけはいえる、いつでも、どこでも、ほんとうのことだって。
 サンタクロースはいない? いいや、ずっと、いつまでもいる。ヴァージニア、何千年、いやあと十万年たっても、サンタクロースはずっと、子どもたちの心を、わくわくさせてくれると思うよ。

※ そのあと、ヴァージニアはニューヨークの学校の先生になって、四七年間子どもたちを教えつづけたそうです。

原文:

Eight-year-old Virginia O’Hanlon wrote a letter to the editor of New York’s Sun, and the quick response was printed as an unsigned editorial Sept. 21, 1897. The work of veteran newsman Francis Pharcellus Church has since become history’s most reprinted newspaper editorial, appearing in part or whole in dozens of languages in books, movies, and other editorials, and on posters and stamps.

“DEAR EDITOR: I am 8 years old.
“Some of my little friends say there is no Santa Claus.
“Papa says, ‘If you see it in THE SUN it’s so.’
“Please tell me the truth; is there a Santa Claus?

“VIRGINIA O’HANLON.
“115 WEST NINETY-FIFTH STREET.”

VIRGINIA, your little friends are wrong. They have been affected by the skepticism of a skeptical age. They do not believe except they see. They think that nothing can be which is not comprehensible by their little minds. All minds, Virginia, whether they be men’s or children’s, are little. In this great universe of ours man is a mere insect, an ant, in his intellect, as compared with the boundless world about him, as measured by the intelligence capable of grasping the whole of truth and knowledge.

Yes, VIRGINIA, there is a Santa Claus. He exists as certainly as love and generosity and devotion exist, and you know that they abound and give to your life its highest beauty and joy. Alas! how dreary would be the world if there were no Santa Claus. It would be as dreary as if there were no VIRGINIAS. There would be no childlike faith then, no poetry, no romance to make tolerable this existence. We should have no enjoyment, except in sense and sight. The eternal light with which childhood fills the world would be extinguished.

Not believe in Santa Claus! You might as well not believe in fairies! You might get your papa to hire men to watch in all the chimneys on Christmas Eve to catch Santa Claus, but even if they did not see Santa Claus coming down, what would that prove? Nobody sees Santa Claus, but that is no sign that there is no Santa Claus. The most real things in the world are those that neither children nor men can see. Did you ever see fairies dancing on the lawn? Of course not, but that’s no proof that they are not there. Nobody can conceive or imagine all the wonders there are unseen and unseeable in the world.

You may tear apart the baby’s rattle and see what makes the noise inside, but there is a veil covering the unseen world which not the strongest man, nor even the united strength of all the strongest men that ever lived, could tear apart. Only faith, fancy, poetry, love, romance, can push aside that curtain and view and picture the supernal beauty and glory beyond. Is it all real? Ah, VIRGINIA, in all this world there is nothing else real and abiding.

No Santa Claus! Thank God! he lives, and he lives forever. A thousand years from now, Virginia, nay, ten times ten thousand years from now, he will continue to make glad the heart of childhood.